今日、何ヶ月ぶりだろう。
ゆっくりと、自分のために
セルフプレジャーをする時間があった。
誰かのためでもなく、
誰かの反応を気にするでもなく。
ただ、自分に触れて、
自分の気持ちよさを感じる時間。
その中で、ふと浮かんできた。
「何かを我慢しながら、気持ちいいを取りに行ける?」
……私は、難しい。
頭の片隅で何かを気にしていたり、
本当は嫌なことを飲み込んでいたり、
自分の感覚より、誰かの都合を優先していたり。
そんなとき、私は自分の気持ちよさに
身を委ねきれなくなる。
「これくらい、我慢しなきゃ」
「相手にも事情があるし」
「私が気にしすぎなのかもしれない」
日常では、そうやって説明できてしまうことがある。
でも今日は、自分に触れながら思った。
私が私の気持ちよさを感じる時間にまで、
その我慢、持ち込む必要ある?
それを邪魔するもの、いる?
いらないよね。
……要らなくねー??
って、膣が教えてくれた気がした。笑
*
私が今日感じた「気持ちいい」は、
刺激の強さだけの話じゃなかった。
自分のペースでいい。
途中でやめてもいい。
何かを達成しなくてもいい。
誰にも合わせず、
今の自分が心地よいと感じることを選べる。
その自由まで含めて、気持ちよかった。
そして、そんな時間を過ごして初めて、
普段の自分がどれだけ気を張っていたかにも気づいた。
私はいつの間にか、
自分がどう感じているかを確かめる前に、
「どうすればうまくいくか」を考えていたのかもしれない。
仕事でも、人との関係でも。
相手を理解しようとすること。
関係を大切にすること。
その気持ちは、これからも持っていたい。
でも、そのために
私の「嫌だな」や「こうしたい」を
毎回、後回しにしなくてもいい。
私の感覚にも、ちゃんと席を用意してあげたい。
*
「それ、いらない」と気づいたからといって、
今日すぐに何かを全部変えられるわけではない。
大切なものほど、迷うし、簡単には決められない。
それでも、
「私は、これを我慢していたんだね」
「本当は、もっと安心したかったんだね」
そうやって、自分の気持ちを認めることはできる。
要らないのは、
自分の気持ちをなかったことにする癖なのかもしれない。
嫌なのに、平気なふりをすること。
疲れているのに、まだ頑張れることにすること。
寂しいのに、そんなことを望む私がおかしいと思うこと。
今日の私は、そこに
「もう、いいんじゃない?」と言えた気がする。
*
私にとって今日のセルフプレジャーは、
自分の感覚をゆっくり聞く時間になった。
どんな触れ方が好きなのか。
どんなペースなら安心するのか。
今、何を求めているのか。
誰かにわかってもらう前に、
私が私を知ってあげる。
そうして感じた心地よさを、
日常の中でも大切にしてみたい。
無理な予定をひとつ減らす。
気が進まないことには、少し待ってと言う。
好きなことを、遠慮せずに楽しむ。
私が気持ちよく生きるために、
選べることはきっとある。
何ヶ月ぶりかの、ゆっくりした時間。
そこで聞こえてきたのは、
「もっと、自分の気持ちよさを大切にしていいよ」
という、私自身の声だった。
「それ、要らなくねー?」
今日はそんなふうに、
膣が教えてくれた💕
私の身体から届いた、
小さくて、なかなか力強い報告でした🫶🏻❤️
